Img0485
個人差はあると思うが、人はその一生のうちで何度か精神的脱皮をする。私の場合も何度か脱皮があった。その度に、視野が広がり認識も深まっていった。なによりも、自分自身で考える事が出来るようになったし、感性の幅、深さ共に増したように思う。同じ本を読んでも、内容の矛盾に気付いたり、著者の心に共鳴したり、本のテーマ構成のエネルギー配分が見えたりするようになり、自分の変化に感激する。我が脱皮の中でも一番デカイ脱皮は、母の初七日に、我が子を産んだ時である。ゴーギャンの言葉「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」を、人間存在の深淵を表した言葉と捕らえていたが、自分を産んだ人の死を見とどけ、1週間後に自身が人を産むという経験をすると、言葉以前の、人間という存在の単純明快な事実に問答無用で納得する。それ以降の私は、憑き物が落ちたようになった。勿論、作品にも大きな変化が現れた。神経質で完全癖のある制作態度は、霧散し、ものを創る集中力の深さと、そこから得られる充実感は、今まで経験し得なかったものである。創りたいものを創る。それ以上でも以下でもない。ゴーギャンは男性なので、どうあがいてもこの実感を体験することは出来ない。でも、あの作品が出来たのだから良いとしなくては。