「たんたんたぬきの金玉は、風に吹かれてゆーらゆら」という歌を、小学生の頃、楽しく歌っていたのを思い出す。確かに狸の置物を見ていると、大きな金玉がついているが、生物学的にはむしろ小さいという。まして、「たぬきの金玉八畳敷き」というのも眉唾である。

昭和10年代、京都の陶芸家である藤原銕造さんという方が縁起物として作ったのがたぬきの置物で、それを見られた昭和天皇陛下がお歌を読まれ、全国に広まったのが狸の置物の始まりとされている。
狸の置物の創始者と言われる藤原銕造さんは、狸たちが輪になって腹鼓を打っているのを見てヒントを得たということになっているが、この「狸の腹鼓」なるものにも疑問を持った。


狸の置物については次のブログがよくまとまって書かれている。
「信楽の狸が縁起物になったわけ」について考える – 団塊オヤジの短編小説goo
【信楽焼狸の置物八相縁起】によると
1・「笠」は災難から身を守る。
2・「目」は物事を正しく見つめ気配り。
3・「顔」は愛想よく誠実。
4・「徳利」は人徳。
5・「通帳」は信用
6・「尾」はしっかりと身を立てる。
7・「腹」は「太っ腹で大胆な決断力。
8・「金袋」は金運。

1から6まではお愛想で、問題は7と8である。
たぬきの金袋については、
「、昔タヌキの皮は、金箔を作るのに使われていた。小さい金の玉(一匁目)をタヌキの皮に包んで、小槌で叩いて伸ばすと、八畳敷きまで伸びるとされて、「金袋」が金運の縁起となった。」ということである。

又、狸の腹鼓については、
「明治十七年(西暦一八八四年)の『郵便報知新聞』に、タヌキの記事が載りました。ある家で飼われるタヌキが、腹鼓を打ったというのです。 その家は、清水東谷という人の家でした。清水氏は、日本の写真師(写真家)の草分けの一人です。記事には、タヌキが腹鼓を打つ様子が、克明に書かれています。たいへん具体的なので、本当のことではないかと、ちょっと考えてしまいます。 この「腹鼓を打つタヌキ」は、夜に、その様子を目撃されています。明治時代の夜は、今よりずっと、暗かったでしょう。電灯など、ありませんからね。家の中で、何かの音がしても、その正体を見極めるのは、難しいです。ごそごそ動くタヌキを見て、「腹鼓を打っている」と、勘違いしたのではないでしょうか。」

睾丸袋の革と狸の腹鼓に関していまいち納得がいかないので調べまくった結果、
昔は、牛の皮がたやすく手に入らなかったので、代用として使われていたのが狸の皮だそうで、太鼓に張る革なんかも
狸の皮が使われ、特によく伸びるということで、火を起こすふいごの革にはたぬきの睾丸の皮をなめした革が使われていたそうである。金箔をよく使っていたので、金箔についての資料なんかもたくさんあるが、その中に狸の睾丸の革なんて言うことは書かれていないので、一体どういうことなのか不思議でならなかった。

腹鼓 – Wikipedia

狸の金玉の謎? 古代史漫談 | チャリで巡る お風呂屋さん!風呂敷日記

金鉱石から金を精錬する方法にいくつかあるが、そのひとつの 灰吹き精錬法。 このときに使う「ふいご」は 風船蛇腹のようなもので火をおこすために使う道具であるが、そのふいごの蛇腹の皮に使われたのが狸の皮。
金を作るさいに使われる「狸のふいごの革」から始まって 伸び縮みする狸の皮から狸の金玉の皮袋は極肥大可能と連想で、「たぬきの金玉八畳敷き」という伝説に至ったのではないかと思う。そして、狸の睾丸の皮のうえで金箔をうって伸ばすという話が出来上がってきたのではないか。
同様に、太鼓に狸の皮を張ったことから、「狸の腹鼓」という言葉ができ思い込みによる独り歩きとなったのではないかと思う。要するに、狸の皮が上質でよく伸びるという事実から派生した尾ひれ話ではなかったのかというのが私の出した推論である。


縁起物なんて言うものは商品を売るための後付けで、何ら根拠というものはなく殆どが言葉のダジャレだったり昔からの伝説に尾ひれをつけたような都市伝説のたぐいであるが、人の心はそれほど合理的にはできていない。かく云う私も、お守りを買ったりおみくじを買ってみたりしているのである。
ただ、あまりにもっともらしくいかにも事実であるかのように書かれているのは、ちと納得出来ないのである。私はうるさい奴なのである。