話すことが苦手な人にとって、この世は生きにくい。しかし、ものは考えよう。自分のことばかり一方的にしゃべくり回る人に比べたらずっとましなのである。聞いてあげる側に回れば良いのである。長い間フリーで仕事をしてきたので色んな人に会う機会があった。


聞き手に回ると入ってもただ黙って聞いていたのでは・陰気で鬱陶しがられる。話し上手な人の記憶なあまりないが、聞き上手な人たちのことは忘れられない。


聞き上手になるには、周りの雰囲気に合わせてニコニコしたり深刻ぶったり一緒に悩んでいるような表情は必要である。相手が悲しんでいる時には同情っぽい顔をするのは当たり前で、要するに相手の心に共鳴してあげることが大切である。

自分の顔の表情は鏡を見て訓練ぐらいはしてみるのも良い。


相手に話に相槌を打つことは大切ではあるが、目上の人に向かって「なるほど」「へえー」「ふうーん」はよくない。

目上の人に向かっては、失礼のないように、「そうなんですね」「勉強になります」「目の開く思いがします」『含蓄のあるお言葉、ありがとうございます」「肝に銘じます」なんて言葉を適宜散りばめながら、「ハイ」「はい」を首をおおきく振りながら真正面向いて背筋を正して両手を膝の上に置いて拝聴するようにする。

意見なんかないのに意見を求められたら、「感心することばかりで、とても自分の意見なんか思い浮かびません。一人になってじっくり考えます。」というようなことを言えば良い。それでも強く意見を求められたら、できるだけ短い文章で相手の意見と同じようなことを答える。

間違っても、相手の意見に反対したり異議を唱えてはいけない。異議を唱えるためには、相手の気持を傷つけないように謙虚な言い方を心がけること。「馬鹿な考えかもしれませんが、・・・・というのはいかがでしょうか。」とお伺いを立てるように話してみることである。
ただ、あまりにもクソバカ丁寧になると慇懃無礼になるので注意。


話下手だと思っている人は、自分に自信のない人が多い様に思う。そのためにも、ニュースや読書で豊富な知識を持つことである。わからないことはNETですぐに検索すること。これを数年続けるだけでも随分違ってくる。


話を聞く側にまわると、良いこともある。人間観察の良い機会となるのである。そして、人間に対する洞察力が高められるのである。その場合、必ず、良いところと悪いところの両面を見るようにすること。悪い面ばかり見ていると、以心伝心あいてにも伝わるものである。


二人で話しているときはそれほどでもないのに人数が増えると駄目だという人が多い。スポーツで言うなら、ピンポンやテニスをシングルでプレイしている感じである。あれこれ考えなくても良いので楽なのである。


しかし、これが3人になってくると、急に状況は変わってくる。はっきりと話し役と聞き役に分かれてしまう。それも序列がつく。

こうなってしまうと、初めから聞き役に回って場を盛り上げるようにする。自分以外の人達が対立して険悪になったときは「まあまあ・・」と言って仲直りをさせたり、飲み物でも飲ませたり、窓を開けて換気をしたりするのもひとつの方法である。特に仲裁上手になるのは大切なことである。誰か一人の味方に付くことなく、場を和やかにすることに気を使うようにする。


話下手であっても、こういう人は必ずみんなに必要とされるし好かれる。

口数は少ないが、人の話は相槌を打ちながらよく聞いて、喧嘩の仲裁も上手で、意見を求められても謙虚で嫌味なくほんの一言しか言わないが、知識も豊富で自分なりの意見も持っているような口下手な人なら良いのでは?
目立ちたがりで自分の話ばっかり話し、他人の話は殆ど聞いていないような人より奥ゆかしい話下手な人のほうがどれほど良いか。

「雄弁は銀なり沈黙は金なり」と言うではないか。

ある会社の社長さんで、「達見ですなあー。」と言いながら膝頭をポンと叩く人がいたが、今でも時々思い出す。