吉本興業がファミリーだったのは遠い過去のこと。今では泣く子も黙る芸能プロダクションの巨大企業。吉本興業は持株会社制で、その株主は、TV局、広告代理店、銀行、建築不動産関係など。個人が対決できる相手ではない。


吉本興業の芸人は個人事業主として吉本と専属契約させられる。


その契約には書面での細かい条項はなく、口約束のみ。前近代的な体質そのまま。


その独善的な契約の言い訳が「ファミリーだから」という一言で片付けられる。


マネージメントのマネジャーは少なく、一人のマネージャーが何人もの芸人の面倒を見るので手が行き届かない。芸人とはいっても誰かが芸を教えてくれるわけではない。生活の保証はない。バイトで食いつなぐか、生活保護か、親からの仕送りで芽が出るまで耐え忍ぶ。


ギャラのピンハネも大幅であっても決して文句は言えない。言えば首チョンパである。ひたすら文句も言わず大物芸人になる日まで耐えるのみ。


何らかの不始末があったり会社の逆鱗に触れると一方的に契約解除。フリーになったからと言って他の芸能事務所には移れない。業界内には御触書が回っているのでどこも相手にはしない。吉本興業の株主を思い出すと良い。契約解除は業界追放を意味するのである。このファミリーってどういうファミリーなのかと思うけれど、一つよく似たファミリーを思い出す。暴力団の組組織である。広域暴力団は今ではマフィア化しているという。

ファミリーの親の教育が悪ければ子供もその後ろ姿を見て育つのが普通である。吉本興業の場合、親を反面教師として成長すべきである。

吉本興業は暴力は使わないし法律も侵さない。しかし、法的にはあちこちグレーかも。もはや社会は変化しているのだし、人々の意識も向上している。ちょっとスマホで検索すれば情報はわんさか得られる。吉本の社長の暴言も今では単なるパワハラでしかない。芸能プロダクションの人権侵害はいつか問題になると思っていたが、今回の吉本興業反社闇稼業問題を決起として日本国中の芸能プロダクションに広まるのではないか。

きっとそのうち、芸能人専門学校が出来て、そこを優秀な成績で卒業したひとが、個人マネージャーをつけて大企業と契約していく合理的な時代が来るのだろう。その時は弁護士作成の契約書が取り交わされるのだろう。それでもこの世界の闇は残るだろうが、今ほどひどくはないであろう。

何しろ日本の民主主義は戦後アメリカに作ってもらったものである。国民が血を流して作り上げたものではないので歴史も浅い上に基盤もない。その上で自由主義経済をもとに商売がなっているのだから、あちこち矛盾だらけである。それでも情報だけは溢れている。知識は力となりえる。ただ、涙は人畜無害な同情を得るが説得力とはならないのでは。日本人は涙を自己表現力の代用にしている風がある。かく言う私も直ぐに泣く。