江戸時代後期の浮世絵を見ると雪の模様の着物を着た女性がよく描かれているが、この頃雪模様が一世を風靡したのである。
この浮世絵は英泉によるものであるが、着物の雪模様は当時流行の最先端であった。


雪の幾何学的な形は日本人の抽象紋の感覚によくあったということもあるが、江戸時代の粋の文化に受け入れられあっという間に雪模様の流行を招いたようである。


渋い小紋の着物の下からのぞいた赤地に雪の文様という組み合わせこそ江戸の粋文化をよく著している。


これらの雪の模様は一体何からとったものであろうか。自然の草花とは違って肉眼では見えない雪の結晶の形をどのようにして見たのか。


雪の結晶の形だけではなくやがて雪紋の形の中に花鳥風月を描いた模様も登場してくる。


この浮世絵にはいろんな形の雪の結晶が描かれている。


この頃猫をペットに買うのも流行った。そのネコに雪模様の着物を着せている。


暑い夏の浴衣に雪模様とは何と気の利いた着想であろうか。現在の日本では浴衣の模様を見ると余計に暑苦しくなるようなものをよく見かける。


かなり詳しく描かれたこの雪の文様を見ると単に想像だけで描かれたとは思えない。

調べてみると天保年間、「雪のお殿様」という愛称で呼ばれた三河下総古河藩主の土井 利位(どい としつら・土井家宗家11代)が著した「雪華図説」が雪模様のデザインソースとなった事がわかった。


土井 利位(どい としつら1789~1848)は、オランダから輸入された顕微鏡を使用して20年間に及ぶ雪の研究の結果をまとめて1832年に「雪華図説」を著したのである。その後、「続雪華図説」も出版された。


雪が6角形だということは平安時代から知られているところではあるが、光学的に拡大して観察記録を書物の形にした人は日本では初めてである。当時の人々が驚きと共にそれを即模様として取り入れた感性にも美的センスの良さを感じるが、それまでに雪月花という言葉に見られるように雪を風流なものとして愛でる慣習も爆発的な流行の下地を作っていたと思われる。

何を雪雪と言っているのかというと、かくいう私も雪に魅せられた一人である。パソコンの処理能力がまだ貧弱であった頃、雪の形をハサミで切り抜いて糊で貼り付けるという原始的な方法で雪の模様を作り始め現在に至っているのである。私も又20年ぐらいになっている。そろそろ本にまとめる時が来たようである。