地震売買(じしんばいばい)とは、ブリタニカ百科事典 小項目事典の解説によれば・・・

「借地人に不当な地代値上げを承認させたり,その追出しをはかる目的で借地人のいる土地を地主が売却すること。債権である不動産賃借権は第三者 (新地主) に対抗できないという民法の原則を利用し,特に日露戦争後の地価騰貴の時期に悪徳地主によって頻繁に行われた。借地上に建物を有する借地人はこれにより,地震が起ったと同様の危険にさらされるのでこの名が生れるとともに,大きな社会問題となり,建物保護ニ関スル法律が制定される契機ともなった。この建物保護法は 1991年の借地借家法制定によって廃止され,その規定は借地借家法 10条に引継がれている。」


東京では、日中戦争以前に地主の保身を促したものがある。それは、」関東大震災である。

1923年(大正12年)に発生した関東大震災をきっかけに明くる年の1924年(大正13年)制定された法律で借地借家臨時処理法というのがある。これは、関東大震災でバラックに住む被災者を救い、震災後のすみやかな復興を目指すため、バラック建物を借地権と認めることにした法律である。この結果、関東では借地が急増することとなった。

関東大震災によって東京市総面積の約44%(約1048万坪 の建物)が消失した。市内の公園,学校等には被災者用の集団バラックが設置され,1923年9月8日時点で約そ76万7000人を収容していた。市内から焼け出された住民の多くが市外へ避難したた め,突然郊外に31万人分の住宅が必要となり、少し位不 便な場所でも敷金56ヶ月分を取られても瞬くうちに貸手がついたという。

1923年10月下旬には,既に39万人以上が東京市内の焼け跡 帰り、 バラック生活を始めた。バラックによる応急的な住宅復興に対する法的な根拠は,勅令第414号「東京府及神奈川県の市街地建築物法適用 区域に於ける仮設建築物等に関する件」(1923年9月16日公 布 ),いわゆるバラック令であった。この勅令により,仮建築(バラック)に限って市街地建築物法の適用が除外された。

しかし、この後、次のような焼け跡バラック問題が起こってくる。

①地代・家賃の暴騰に加え敷金 や権利金 といった新たな借家人の負担が急激に増加②借地上の建物が焼失したため,登記のない借地権が地主による土地売買で消滅する可能性があった。 ③震災当時の借家人が新築される貸家を再び借りられるかどうかを不安に思い,家屋の明け渡しに応じない。④罹災地の借家人で自ら家屋を新 築する者が多く,地主や家主との間に紛争が多発していた。

借家人が無理しても家を立てようとした理由は、空いている貸家の家賃は 平均26円,敷金は平均129円(家賃4.9ヵ月分),造作・権利金は平均219円 (家 賃8.3ヵ月分 )であった。もっと高い地域もあった。このようにしてし復興とともに集団バラックへの定住化が問題となりはじめた。

以上、「関東大震災後の東京における住宅再建過程の諸問題借家・借間市場の動向を中心にー小野浩」を参照

震 災 直後の「住宅 飢餓」と呼ば れ たような住宅難から自然発生的に生まれたバラックは、国の住宅供給も追いつかない状況下1924年(大正13年)制定された法律が 借地借家臨時処理法であった。その内容は借家人が建てた「バラック(仮設建築物)」を借地権と認めるというものである。


日中戦争(1937年から1945年)による戦争特需で、都心部への人口集中が急速に起こり、土地価格・家賃・地代の上昇が続き、国民生活の安定と戦争遂行ため、国家総動員法に基づき、国は地代家賃統制令が発行され地代家賃の統制を行った。その結果、戦争特需により地価が高騰したにも関わらず地代や家賃の値上げができなくなった地主が、土地の売買を繰り返し、民法の所有権絶対の原則を盾に借地人や借家人の立退きをせまった。立ち退きに伴い地震で建物が倒壊するように多くの建物の解体が行われたため、このような土地取引を「地震売買」と云われるようになった。


地代を上げたい地主は、「借地人は第三者(新しい地主)に対抗できない」という民法の原則を利用し、第三者に仮装譲渡(いわゆる地震売買)を行い、借地人に無理な地代の値上げを要求したり、立ち退きを迫ったりしてたのである。

地主による立ち退き強要が横行した東京市内は、あちこちで建物の解体が行われ、その様は関東大震災直後を思わせたらしい。

この様な経過をたどり、東京の地主は賢くなり、第2次世界大戦後も地上権などという建物に付随した借地権を作らないようにしたようである。その後、東京オリンピックやバブル時代の地上げにより、東京には多くの古い建物は消滅した。この結果、東京都内には地上権付きの古い建物がほとんど存在しないのではないかと思われる。

それ故、NET検索しても、地上権のある建物は現在では存在しないような結果になるのである。しかし、東京以外ではまだまだ地上権つきの古い建物は存在している。地上権はなんの約束もなければ建物がある限り存続する借地権である。地主にとっては憎むべき借地権でもあった。