何だかよく分からない閉会式も終わり、今振り返ってみると、国民の大半が反対したのにもかかわらず強行されたオリンピックではあるが、今まで知らなかったことや、見過ごしていたことが、これを機会にはっきりと認識できるようになったことである。


オリンピックが商業主義に走ったことで、お金儲けの一手段になり果てたこと。そして大企業の広告塔となったこと。オリンピックはアマチュアスポーツの祭典ではなくなり、国勢の競い合いになり果てたこと。オリンピックの裏では利権の大金が動き、表では選手たちのきれいごとが汗とともに流れていく。

IOCの関係者が、高級ホテルに宿泊し贅を尽くしたおもてなしを受ける悪しき習慣。バッハ会長のなりふり構わない手柄造りの見苦しい言動。

国内のオリンピック委員会のお役所仕事と事なかれ主義。政治家の票集めに利用された開会式と閉会式、そしてどこに消えたのかわからない多額の税金(1兆6440億円)。

オリンピックは最早儲からなくてお金ばかりがかかるスポーツイベントだということが常識になって世界的にも名乗りを上げる国が激減したということ。

世界大会があるのに4年に一度のオリンピックを開く開催意義はあるのか。

その上、今まで問題視しなかったいじめ問題や差別問題が、国際的に問題視されるのを恐れ、急に対応し始めた白々さ。

オリンピック憲章が宙に浮く。
「オリンピズムは、肉体と意志と知性の資質を高揚させ、均衡のとれた全人のなかにこれを結合させることを目ざす人生哲学である。オリンピズムが求めるのは、文化や教育とスポーツを一体にし、努力のうちに見出されるよろこび、よい手本となる教育的価値、普遍的・基本的・倫理的諸原則の尊重などをもとにした生き方の創造である。」


オリンピックの陰で新型コロナ感染の医療は毎日ひっ迫していく。そのひっ迫していく医療崩壊対策として政府が考え付いたことは、重症者以外は自宅療養という恐ろしい方法。

政府は対外的にはいい格好をして、国内的には国民の命もないがしろにするってことか。

後味の悪さが残るオリンピックであった。

「夏草や 兵(ツワモノ)どもが 夢の後」という芭蕉の名句がぴったり。