NETFLIXで、ウインター・オン・ファイアー(ウクライナの自由にための戦い)をみて、今のウクライナの置かれた現状を少しは分かったような気がした。常に、いろんな徒党が乱立していたウクライナが、マイダン革命と呼ばれる学生運動から始まった市民運動が一致団結して新ロシア政権を倒して反ロシア派の政権交代に至るまでを描いたドキュメンタリー映画である。ウクライナ侵攻が起こった現在、ぜひ一度は見るべきだと思っている。

上の世界地図は色が濃いほど国の腐敗度が高いことを示している。アメリカなどの暗にほのめかしている武器の横流しがあるかもしれないということは、政治体制に腐敗構造が根深いことが多いので、汚職天国と言われたウクライナについて調べてみた。

腐敗度の高い国は、司法制度や統治制度が弱く、貧困が蔓延したアフリカ、中米、中東に多い。しかし、腐敗の高い国の中にはその経済力で世界トップ20に入る国もランクインしている。
【汚職の多い国】
イエメン  1位
ロシア   22位
ウクライナ 29位

【汚職の少ない国(平均43位)】
ニュージーランド 1位
イギリス     8位
ドイツ      12位
アメリカ     16位
日本       20位
台湾       25位
中国       78位

ウクライナの一人当たり名目GDP(国内総生産)は、世界順位は109位で4828米ドル(約50万円)である。ヨーロッパ(欧州連合<EU>)の10分の1程度に過ぎない。実質GDPに至っては1991年の独立直前の6割程度の規模にとどまっている。一方のロシアのGDPは韓国の次の11位であり、国民ひとりのGDPは中国に次ぐ12198米ドル(約145万円)であり、こちらも低水準である。

ウクライナは世界でも富の偏在が激しい国の一つである。ソ連崩壊に伴う混乱に乗じて巨万の富を成した極少数の新興企業家(オリガルヒ)がいる一方で、時代の荒波にさらわれたまま貧しい生活を強いられる人々は数多い。汚職も蔓延し、巨大な規模の地下経済の下で非合法な活動が行われていると言われる。
ウクライナでは独立後ずっと続いている親欧米派と親ロシア派の対立、甚だしい政治腐敗、そして経済不振といった三重苦で、いまだにNATOにもEUにも加盟できていない。

汚職はウクライナ社会の根強い問題となっており、特にオリガルヒに対する理解は欠かせない。このオリガルヒは、ビジネス上の利益を優先し、政治に深く関与する特徴を持っている。
ウクライナのオリガルヒの起源はソ連末期に遡り、国有企業の私有化の過程で、一部の実業家達が富を蓄えたことに始まる。ソ連から独立した後、オリガルヒは政権と癒着して利権を守ろうとするあまり、ビジネスマンから政治家へと転向した者も数多くいる。

オリガルヒは、エネルギーやメディア産業などを独占しただけでなく、マイダン政変以前は、ヤヌコヴィチ大統領の地域党の中枢に食い込み、政治を動かしていた。マイダン政変後には、フィルタシュが米国の連邦捜査局(FBI)に汚職の罪に問われ、オーストリアで逮捕されるなど、その影響力は減退したが、オリガルヒ自体がいなくなったわけではなく、政治家との非公式的なネットワークは依然として持続していた。

ただ、オリガルヒは、特定のイデオロギーを持っているわけではなく、自分達の利益が重要である。そのため、彼らは野党ブロック党のみならず、連立政権を構成するさまざまな政党も支援していた。その支援はポロシェンコ大統領にも及んだが、彼としても分離独立問題に対処するうえでは、資金が必要であり、オリガルヒの支援は軍事部門にまで渡っていた。
対テロ作戦には国軍だけではなく、地元住民やマイダン政変の参加者、外国人兵士などから成る多数の自警団がかかわっている。著名な自警団としては、アゾフ大隊やアイダール大隊などがいるが、そのいずれもコロモイシキーの資金によって設立されている。このオリガルヒから支援を得たアゾフ大隊などは、現在のロシア・ウクライナ戦争において、マリウポリの防衛などに携わっている。

こうしてマイダン政変後も、オリガルヒと政治家の癒着は続いた。政治家は西欧向けのアピールとして「脱オリガルヒ」を叫び、反汚職裁判所を設置するなど、形式的には汚職撲滅のための制度を作る。だが、それはオリガルヒの利益に抵触し、彼らにとっては脅威となる。政治家は米欧の支援と同時にオリガルヒの支援も必要であるため、そもそも制度を運用する誘因が働かない。ウクライナ政治では、このような非公式ネットワークが強く作用しており、オリガルヒがマイダン後の改革を阻害してきたとも指摘される。

【汚職天国ウクライナの例をあげると】
ジョージア(グルジア)のミハイル・サーカシビリ前大統領とロシアの大富豪アブラモーヴィッチ氏に接点がある。
サーカシビリ氏は現在、ウクライナのオデッサ州で知事を務めている。2003年、ジョージアで「バラ革命」を主導し、大統領就任後に対汚職で顕著な成果を挙げてきたサーカシビリ氏は、2015年5月、オデッサ州知事に任命され、異国で奮闘している。
一方、アブラモーヴィッチ氏は、プーチン大統領を支援するオリガルヒの1人であり、イングランドの名門サッカークラブ「チェルシー」のオーナーとして有名である。
ロシア人モデルのダリア・ジューコヴァと3度目の結婚をした。その彼女の父親が、オデッサ経済界のドンでもある。
今日、オデッサで、サーカシビリ知事とアブラモーヴィッチ義父との間で汚職や密輸が繰り広げられている。

ユーロ・マイダン革命で失脚したビクトル・ヤヌコヴィッチ大統領(当時)は汚職まみれであった。彼の長男は、政府の投資案件に関与することでウクライナ有数の資産家に成り上がった。キエフ郊外メジヒリヤに建てられた一族の別邸は、旧体制の不正蓄財の象徴として、観光名所の1つとなっているほどである。、ヤヌコヴィッチ氏とその取り巻きが国外に去った後も汚職は改善されていない。
最近でも、ペトロ・ポロシェンコ大統領や国立銀行総裁の関連企業がパナマ文書に登場したり、内務大臣の息子が備品発注に口利きしたり、と疑惑は枚挙に暇がない。新任のヴォロディーミル・フロイスマン首相がヴィニッツァ市長時代に行った「ファミリービジネス」の数々も広く知られている。

トランスペアレンシー・インターナショナルの腐敗認識指標(CPI)によれば、ウクライナは2013年以降、毎年スコアを1ポイントずつ改善しているものの、2015年時点で世界130位に過ぎず、ヨーロッパ諸国内では断トツの最下位。

【高まる国民の不満】
政財界の腐敗の一方で、東部のドンバス紛争も継続していった。2014年9月には、ロシアとウクライナ、欧州安全保障協力機構、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の間で、ミンスク議定書、2015年2月にはミンスク合意が定められたが、分離独立問題が解決されたわけではなかった。ミンスク合意に肯定的な国民は1割にも満たず、ポロシェンコは和平合意を通して、ドンバスの分離主義者に妥協したと国民に批判された。

ドンバス紛争は継続し、経済も落ち込み、国民の生活は苦しくなり、国民はこのような状況に不満を高めていった。世論調査によると、国民の第一の関心は東部の紛争にあるものの、公共料金の引き上げや失業、そして汚職や社会格差にも不満を持っていたことが明らかとなった。

表2 社会機関に対する信頼度

表2 社会機関に対する信頼度
(注)「どの程度、あなたは社会的な機関を信頼しますか」との問いに対する回答の集計結果。クリミアと
ドネツク人民共和国、ルハンスク人民共和国を除いて、ウクライナ全国の18歳以上を対象に、2018人を無
作為抽出のうえ、実施。

「次第に不満の矛先は、既成政治へと向けられていった。表2は2018年度の社会機関の信頼度である。国軍や国境警備隊などの軍事組織への信頼度は相対的に高いものの、大統領や議会、裁判所、検察などの政府機関に対する信頼度は軒並み低い。軍を除いて、政府の諸機関が信頼出来ないと答えた国民は、7割から8割にまで及んでいる。2018年時点のポロシェンコ大統領の支持率も約13%しかなかった。」


【ゼレンスキーの登場】

国民の政治不信のなかで実施されたのが、2019年の大統領選挙であり、そこへ登場したのがゼレンスキーだった。大統領選挙では現職のポロシェンコとアウトサイダーのゼレンスキーが決選投票に進んだ。このときにゼレンスキーは、既成の政治エリート達をオリガルヒと癒着する「民衆の敵」に仕立て上げながら、ポロシェンコの汚職を痛烈に批判し、政府の安定や正義などを訴えた。ゼレンスキーの政策綱領の具体的な中身は不透明であったが、彼は汚職や戦争の継続に伴う生活の逼迫を、国民の既成政治への不満と上手く結びつけ、7割以上の票を得てポロシェンコを破り、新たな大統領となった。

さらにゼレンスキーの圧勝は大統領選挙に留まらず、同年の議会選挙でも圧勝した。ゼレンスキー出演のテレビドラマでもある「人民の僕」は政党名となり、彼はウクライナ語で緑を意味する「ゼレーニー(Зелений)」を基調カラーとしてメディア戦略を駆使し、「ゼ!人民の僕党」などをメッセージとして発信していった。「人民の僕」という言葉に見られるように、ゼレンスキーの政治スタイルは、ウクライナの人々の意思を直接政治に反映させようとするものであった。これは、既成政治に不満を持っていたウクライナ国民には新鮮に映り、同国では彼の姓の頭文字である「ゼ」旋風が巻き起こった結果、人民の僕党は小選挙区と比例区を合わせて56%もの議席を獲得した。従来、多党制が常態化していたウクライナにおいて、単独政党が過半数を獲得するのは異例のことであるが、そこでは民衆の側に立脚し、政治経験のないゼレンスキーが、「悪い」既成の政治エリート達を破るという構図が描かれていたのだ。これはまさにエリートと民衆を峻別し、善悪をつけるポピュリズムの典型であろう。

国民の厳しい目はウクライナの公職者の腐敗にも向けられる。ゼレンスキー政権は国会議員の不逮捕特権を撤廃。国家汚職対策局の独立性と権限を強化し、腐敗の温床と指摘されてきた検察当局やエネルギー業界の構造改革にも着手した。しかし、はかばかしい結果が得られない中、ロシアによるウクライナ侵攻が実行されたのである。

【ポピュリストとしてのゼレンスキー対ロシアの侵攻】
ポピュリストとは、リンカーンの演説の中で述べられた有名な言葉「人民の人民による人民のための政治」の真髄、民主主義の不滅の理念をあらわすものとして使われている。
こんにちのロシア・ウクライナ戦争では、ゼレンスキーがポピュリストであることが、今回の戦争の重要な点であり、西欧からの支持調達のあり方を考えるうえでも重要である。例えば、ゼレンスキーはYouTubeで「ゼ!大統領」というチャンネルを持ち、ロシアの軍事侵攻によって、ウクライナの人々の生存が脅かされていることを強調し、自国の窮状と支援の必要性などを訴える。そこでも、自由を守るウクライナの大衆と、それを脅かす敵のロシア政府という善悪を対比させてみせる。さらに大統領は、終戦についても国民投票で決めると主張し、ウクライナの人々の意思を直接政治に反映させる姿勢も見せている。その点で、今回の戦争におけるゼレンスキーのメディア戦略は、2019年の大統領や議会選挙のときのエリート対民衆という相似の構図をもっている。
今回のロシアとの戦争では、2019年選挙と大きく異なるのは、ゼレンスキーのメディア戦略がウクライナ国内だけではなく、国際社会でも展開されていることである。そして、彼の述べる善悪と国際社会の善悪が結びつき、ロシアの軍事侵攻が国際社会の重要な規範である主権国家体系を阻害しているのに対し、ゼレンスキーは主権国家体制を擁護しようとしている対称構図が描かれる。

いまや、ゼレンスキーはウクライナの窮状についてNETを通じて演説し、世界中の人々に支援の必要性を訴えながら、ウクライナという「民衆」の側に立つように求めた。戦争という現象を民衆側からの視点に立って支えたのがスマホの普及であり、映像作家であったゼレンスキーの専門分野であったこととが重なって、ロシア・ウクライナ戦争においては、ポピュリストのゼレンスキーはウクライナの問題は世界の問題でもあるという主張を展開していった。