病気をしてから、体力が無くなったせいか余り怒らなくなった。


作品にパースをかけて撮るとやたらと迫力が出る。こんな大きな凧が大空に舞えば少しは気力もでるのに。


怒りの感情はとてもエネルギーを要する。近頃は考えただけでしんどくなって怒るのはやめてしまう。
この作品は、癌になって腹が立ち、「なんで私が!」というぶつけ様のない怒りを昇華させるために制作したもの。
今思うとその凄まじさに圧倒される。今では、へろへろでとてもじゃない。


これは4-5年前のもの。何やらちょっと優しげ。


感情の起伏の激しい両親に育てられた私は、いつも心の処理に困っていたが、絵を描くようになってから随分楽になった。
怒りを爆発させないでただ泣くだけの人はどうなっているのか私には理解できない。


この時は、建築裁判で怒りに打ち震えていた時。あの悪徳建築会社(この表現は検事の言)は今でもいい加減なことをやって建築主を欺いていることだろう。検事は証拠不十分で恥をかきたくないと言うけれど、こんなことを見逃すとこの会社はますます思い上がって多くの被害者を増やすだけでではないか。


この絵を見ていると、当時の腸が煮えくり返る怒りを思い出す。今でも青い炎がメラメラ燃える。


これは、公言できないあることで心の処理ができなくて描いて自分の怒りを収めた。


ずっと以前に「怒髪天を衝く」というシリーズを作ったが、こちらのほうが迫力がある。気性の激しい私はセルフコントロールの方法として喜怒哀楽を描いてきたが、今年は一体どんな絵ができるのか。必要に迫られて描く絵は正直にその時々の心をj如実に表しているように思える。

しかし、怒りを押さえつけて外へ排出できない人は一体どうしているのか。心にも体にも悪い。