一休寺納豆なるものを頂いた。

一休寺納豆

室町時代、一休禅師が京都府京田辺市薪の酬恩庵(別名・一休寺)にて製法を考案し広めたとされる一休寺納豆。


日本昔話で子供にもよく知られた一休禅師は、薪の村人に納豆の製法(一休寺納豆)を教え、81歳の時に大徳寺住持となり京都紫野付近の人々にも「大徳寺納豆」を教えたという。

私が食べた経験から、現在の大徳寺納豆と一休寺納豆はよく似ているが、大徳寺納豆の方が大粒で乾燥している用に思える。


普通の糸を引く納豆に対して、中国から伝わった塩辛くて黒い納豆は古くから京都に伝わっている。今では、一休禅師が晩年を過ごし墓所がある通称一休寺(酬恩庵)の住職らによって作られている。


型破りなアウトサイダーとしての生き方を貫いた禅宗の異端児一休は、早くから詩歌にその才能を見せた。

その中で私のお気に入りの歌
「世の中は起きて箱して(糞して)寝て食って後は死ぬを待つばかりなり」


夏に蒸した大豆とはったい粉に麹をよくかき混ぜて麹蓋に入れ、二日間、麹室に置き納豆の下地を作る。その後、塩湯入の桶にこの下地の納豆を入れ黒褐色になるまで一年間日に何回もかき混ぜ続けて作り上げたのが黒くて塩辛い一休寺納豆である。

尚、はったい粉というのは炒った大豆の粉である。


真空パックされた真っ黒けの一休寺納豆。


袋から出すと鹿の糞に似たものが出てくる。匂いは鹿の糞とは全く違って納豆独自の香りである。


一粒でもかなり塩辛い。濃いお茶にはとても良く合う。疲れたときのひと粒はなんとも言えない気付け薬。


水菜と人参の和え物に入れてみる


細かく刻んだ一休寺納豆の塩辛さが野菜の和え物とよく合う。酒の肴として一休寺納豆だけでもよく合うと思うが、高血圧・脳卒中まっしぐら間違いなしなのでやはりお野菜とあえるのが一番。因みに、一休禅師はマラリアで87歳で死去。臨終の言葉は「死にとうない。」とか。