手術の麻酔が切れかかった頃、鮮明な幻覚に襲われて、何が現実なのかわからなくなった。

気が付いたときは、細長い見知らぬ天井がものすごいスピードで走り去っていくのに驚いた。私は移動式ベッドに寝かされその周りには妖怪が取り囲んで私を運んでいた。

私はといえば、20代のころで、何故こんな病院にいるのか全く見当もつかない。とにかく腹部が物凄く痛い。

とまどっていると、麻酔をかけた医者が不気味な笑みを浮かべて現れ、私に現状を説明してくれたのである。

私の周りにいる優しい看護師と思しき者たちは、すべて悪しき妖怪で、この者たちを見たり口をきいたりすれば、そのたびに私は年を取り体の痛みは増し、最後には死んでしまうというのである。この説明を信じたのは、腹部の痛みがますます激しくなったからである。

20代の私が今すぐ老婆になるなんて想像もできないし、恐ろしいことであったので、呼びかけられても返答は全くしなかった。
医者は別かもしれないと思ったので、痛いので痛み止めを打つことに同意したし、のどが渇いていたので氷のかけらをもらったりした。

それでも、私を取り囲んで入れ代わり立ち代わり私の名前を呼び続けたり、目を開けさせようと瞼を無理やり開こうとした白衣の天使の看護師たちは、白い妖怪にしか見えなかった。
痛み止めの注射が効いたのか少し痛みもましになるにしたがって、少しずつ現実が見えるようになってきて愕然とした。
若い私は幻覚で、年を取った私のほうが現実だという事実に、気付き始めた時ほど恐ろしい思いをしたことはなかった。いくら否定しようとしても、次々に襲い掛かってくる記憶は、まぎれもない私の記憶だったのである。
それでも、余りに鮮明な幻覚映像が、その後も1週間ぐらい目の前に浮かんで、昼夜私を悩ませた。
こんな思いをしたのは私だけなのかと、NET検索してみたら、「術後せん妄」といってよくあることだと知りちょっと安心した。何故こんな状態になったのかというと、神経質な私の場合、入院時に個室が取れず4人部屋になって睡眠が全くとれていなかったことによるのではないかと思っている。
この術後せん妄を認知症と間違えて大騒ぎする家族もいるという話も聞いた。