参考写真:石卸屋Webショップ

オルゴナイトというものがあると最近知った。このオルゴナイトというものに必要な材料は私のアトリエには全て揃っている。箔アートを何十年もやっているのでいろんな素材がある。通常では手に入らないものもある。もともとも趣旨からすれば、大きな水晶の結晶と金属粉を収縮率の大きな樹脂でピラミッド状に固めたもので、鑑賞には適さない代物のようである。しかし、日本で現在作られているものは、効果の程より、見場を第一に考えてアクセサリーの延長上で作られているようで、見ていて楽しい。

オルゴナイトについては、次のサイトが解りやすい。
今話題のオルゴナイトって? | 石卸屋 Webショップ


オルゴナイトには、水晶の結晶が必要らしいが、いくら調べても科学的根拠ははっきりしない。圧電素子に水晶が使われていたが、天然のものを供給するのも加工するのもたいへんなので、今ではセラミックで代用してしている。パソコンの基盤を見ると、電磁波の遮蔽のためにあちこちに使われているのが見える。安定供給だからではなく雰囲気が大切なのだから、オルゴナイトには、どうしても水晶を入れないとエネルギーパワーに関わるという思いが強くて妥協出来ないようである。わたしも、我が家の何処かに水晶のかけらの一つぐらいあるのではないかと探してみたら、あった。それもかなりあった。


これが一番大きな水晶の結晶。息子が小学生の頃のコレクションである。鉱物のコレクションに凝った息子は、休みになると鉱物を求めて山に行ったり鉱物博物館に行ったりしていたのを思い出す。今では、鉱物の「コ」の字も口にしない。そこでこれらの水晶を気前良く私にくれたのである。


これなんか10センチ以上もある。こんなのを樹脂に封入してしまうのは、納得がゆかない。
息子に言わせれば、「パワーストーンなんてただのオカルト、お守りの一種。本人さえ納得して信じてさえいれば、でっかい水晶の結晶だろうが、かけらだろうが何の違いもない。」と言い切る。返す言葉もない。


これも立派な結晶である。


これは不純物が混じっている。


これは、プラスティックでもガラスでもなく水晶である。息子が偏光板で確かめた。水晶などの結晶の結晶軸は一定の方向に揃っているので偏光板を回していくと暗く見える。ガラスやプラスティックには、結晶軸というものがないので、偏光板を回しても変化はない。


リサイクルショップで買ったダウジング用の水晶。


キレイなローズクォーツ。


これは私の母のローズクォーツのペンダントトップ。


これは、アメリカの知り合いが20年ぐらい前にくれたパワーストーン。使ったことがない。一体何のパワーなのかよく分からない。言語の壁に阻まれたと言うべきか。


息子がが京都の鉱物ショップで買った水晶。


水晶のクズ石。これぐらいなら樹脂の中に入れてもいいかな。


更に小さな水晶のクズ石。

大学の時、鉱物学の講義を2年間もうけたので、かなりの知識があるので、余計に信じがたい。オルゴナイトの提唱者のウィルヘルム ライヒなる人物についてウキベディアで調べてみたら、いよいよ疑心暗鬼に襲われる。20世紀前半までは、原始や分子の構造やエネルギーにつて仮説は出るが実証することが難しかった。まして精神医学の専門家でしかなかったウィルヘルム ライヒにどこまでの原子物理学の知識があったか疑わしい。さらに言えば、ピラミッド型でなければならないとかは言っていない。すべて後付である。「恵方巻き」や「バレンタインデイのチョコ」のようなもの。業界の陰謀の臭いがする。結論としては、水晶不要。大切なのは本人の心。「鰯の頭も信心から」と言うではないか。樹脂の中に詰めるものは、使わなくなったアクセサリーのパーツや思い出の貝殻、使わないネイルの材料なんかでよい。願をかけながら、祈りながら作れば良い。そのほうが余程プラスのエネルギーパワーを樹脂内に閉じ込めることが出来るというものである。森羅万象に神を見る日本的宗教観にピッタリあっている。

きれいなもの、楽しいものには目がない私。その上、初めてのものには好奇心でイッパイになり、納得するまで造り続けるのをやめない。もうすでに、材料を揃えて準備体制に入っているのである。息子がなんと言おうともやるのである。箔アートで創る「手作りのお守り」である。楽しそう。