「幻の墨流し」と言われた片ぼかしの墨流し技法は明治年間に途絶えて久しかった。その技法の復元に取りつかれたのは、私が22歳の頃、初めて茨木市の中学に勤めた時、市の図書館で見た本に出ていたのである。その資料は王子製紙が所蔵していると書かれていた。それから時間を見つけては思いつくままに色んなことを試したが、30代後半だったと思うが、ふとしたことから思いついて試してみたところ、うまくいってあっけなく成功した。成功した喜びより、こんな簡単なことをどうして思いつかなかったのかという驚きの方が勝っていた。この謎ときに挑戦するのがこの「片ぼかし」の醍醐味かもしれない。夏休みの自由研究にぴったり。


ただ、この方ぼかしの墨流しは、和紙の種類によってぼかしが美しく再現できるかどうか決まってくるので、手あたり次第、和紙を買い込んで試したものである。奉書紙が一番きれいに写し取ることができる。


墨流しは、方形の紙より、扇形の紙に写し取った方がその流れの美しさを際立たせる。しかし、扇を作る扇の地紙は和紙といっても洋紙に近く、かなり撥水性があり墨流しを写し取るは難しい。墨の濃度と撥水剤の加減が微妙なのである。アイキャッチ画像になっている扇の片ぼかしは一番うまくいったものでその構図といい色合いといい、我ながら再現することは不可能に近い。この扇は自分自身の幻の作品となってしまった。


扇の地紙に墨流しを写し取るのは、その構図の具合を見測りながら一瞬で判断して作業をしなければならない。
来る日も来る日も手慣らしをしなければできないことである。若いころの情熱というものに今更ながら敬服する。


ほとんどの作品を画像にして保存しているが、現物は一体どこに紛失してしまったのか出てこない。その上に絵を描いて作品にしてしまったのかもしれない。扇だけは大切にしまってあるが、その数がかなりあるので、いくら分類整理してもいつの間にか撮影に使ってそのままになったりで、いまだに整理されていない。それでも昔の作品をほじくり返していると時間のたつのも忘れてしまう。