「題名:血税で肥え太る国会議員は性善説で、国民は性悪説で解釈」するのは、おかしくはないか。

墨と箔と胡粉で制作したこの絵は、幽霊や妖怪の群れの絵ではない。
これは、人にして人ではない国会議員の群れである。

人は群れると性格が変わる。

本当の自分を隠して国民に見える素晴らしい役を演じなければならない。
聡明で自己犠牲の精神に基づき、国のため国民のために身も心も尽くす人を演じるのである。


キックバック問題が明るみに出てきて以来、一体、国会議員とは何なんだという疑問と同時に、彼らは治外法権下にあるのかと思ってしまった。


国会議員になりたい動機は個々人によって様々であろうが、一旦議員になるとほとんどが同じように権力志向になり、議員の椅子にしがみつくようである。議員の椅子にしがみつくには選挙の票集めが最も大事な関心事となる。選挙前と選挙後の人相を見ればその度合いが分かる。


権力の座に居座ると飢えた餓鬼のようにもっともっとと権力を求めるようになるようだ。

その為に国会で自分たちに都合の良い規則を決めていく。

権力の椅子を保持するためにはお金が必要であるらしい。それも裏金が必要だという事である。


国会議員のお金がらみの不祥事なんかは、秘書のせいにしてお金を返せば許される場合が多い。

一般の国民はそうはいかない。
泥棒はお金を返しても無かったことにはして貰えない。
法律を犯せば前科が付くのが当たり前。


安倍派の重鎮たちに対して、キックバックは不起訴の方針なのだという。
派閥の解散も、麻生たちが反対している。


日本の裁判所は、国会議員や公務員に関しては、、どうも性善説をとっているようである。それに反して一般人には性悪説を採用しているようである。

金バッジをつける国会議員の対極にあるのが金看板を掲げる指定暴力団である。彼らに課された法律は厳しい。組員の犯した犯罪の責任は組長の責任である。これは暴力団というものは、性悪説に基づいて考えなければならないという主義の代表である。

一方、国会議員は法律を作る立場にある人である。その人たちが1ミリでも法律を犯すことは許されない。知らなかったで許されることではない。しかし、その国会議員が脱税をしたり法律を犯した場合、当の本人が知らなかったですまされるのは、国会議員というものは国民に選ばれたえらーいお方であるから自分から法を犯すことはよもやあるまいという性善説に基づく考えである。

普通に考えれば、権力志向にがんじがらめになった国会議員たちに、性善説を採用することはあってはならない。国会議員だけではなく公務員すべてである。そうでなくては国は根底から腐敗する。人は嘘をつくし、人は他人の目のないところではよからぬことでも平気でする。そんな人間という生き物が、権力を持つといかに豹変するかは、歴史が証明している。公務員に採用されるべきは、性悪説である。それも厳しく。


現実は国会議員に採用されているのは、性善説である。しかし、これはおかしい。むしろ反対ではないか。国民の血税で給料をもらっている公務員は、少しの間違いでも一般人より厳しく対処しても当たり前ではないか。税金にたかり我がものの様に食いつぶす輩たちの脱税はたとえ1円でも許してはいけない。今回のキックバックを許せば、なし崩しに悪しき前例を作ってしまう。


今回のキックバック問題を決起にして次のことを決めてほしい。

・キックバックに関係したものは国会議員を辞めさせる。
・派閥の解散と禁止。
・2世議員の廃止。
・選挙の供託金の廃止。かわりに、常識テストを課す。
・選挙違反をしたものは、2度と公務員にはなれない。
・記者クラブ、記者室の廃止
・国会議員は秘書など同じ事務所の不祥事の責任は負う。
・税金の使い道の記録は破棄してはいけない。

これらが実行されたら日本は少し風通しがよくなるかな。