日建設計のインテリアの仕事をしていたころ、色んなアート作品を創ったけれど、一番記憶に残っているのが、太鼓を切った皮の丸い部分に「無法松の一生」というテーマで絵を描いてほしいというものであった。しかし、当時の私は、「無法松の一生」という言葉を初めて聞いたぐらいなので、断ろうと思ったが、強引に引き受けされてしまった。
スマホもないころだったので、兎に角、図書館に行って調べてみた。
「無法松の一生」は1958年にリメイク版の映画が作られていて、国際的にも高い評価がなされていた。
「監督: 稲垣 浩
受賞歴: 金獅子賞
ノミネート: 金獅子賞, ヴェネツィア国際映画祭 女優賞, MORE
原作者: 岩下俊作, シュンサク・イワシタ
撮影: 山田一夫
出演者(三船敏郎 高峰秀子 芥川比呂志 飯田蝶子 笠智衆)」
早速、TUTAYAへ行って、ビデオを借りてみることから始めた。
映画「無法松の一生」(昭和38年)の内容は、福岡県小倉(現在の北九州市)で、荒くれ者で評判だった人力車夫・富島松五郎(通称無法松)と、よき友人となった矢先、急病死した陸軍軍人・吉岡の遺族(未亡人・良子と幼い息子・敏雄)との交流をえがいた作品である。詳しいあらすじより、「無法松の一生」のテーマソングの歌詞を見た方がよく分かる。
【 無法松の一生の歌詞】
作詩:吉野夫二郎 作曲:古賀政男
1 小倉生まれで 玄海育ち
口も荒いが 気も荒い
無法一代 涙を捨てて
度胸千両で 生きる身の
男一代 無法松
空にひびいた あの音は
たたく太鼓の 勇み駒
山車の竹笹 提灯は
赤い灯(あかし)に ゆれて行く
今日は祇園の夏祭り
揃いの浴衣の 若い衆は
綱を引き出し 音頭とる
玄海灘の 風うけて
ばちがはげしく 右左
小倉名代は 無法松
度胸千両の あばれうち
2 泣くな嘆くな 男じゃないか
どうせ実らぬ 恋じゃもの
愚痴や未練は 玄海灘に
捨てて太鼓の 乱れ打ち
夢も通えよ 女男(みょうと)波
自宅の仕事場へ太鼓の切ったものが運び込まれたときは一体何事かと驚いたが、この歌詞にあるように、主人公が祇園太鼓をたたくシーンが出てくる。これでなぜ太鼓なのかということが分かったのである。

映画を見た結果から、主人公の秘めた思いと表の威勢のいい男気を描いてみようと思ったのである。
当時の私は、もっぱら小説と言えば、SFか推理小説ばかり読んでいたので、この「無法松の一生」という分野の物語は初めてであったので非常に新鮮に映った。映画を見ながら涙が止まらなかったのを思い出す。小倉の祭りと祇園太鼓をテーマの「無法松の一生」に絡めて華やかに描いてみた。
若いころにしか描けない絵というものがあると、この作品を見返しながら思うのである。今の私ならモノトーンに金銀で装飾したのではないか。
これ以降、演歌と縁のなかった私が、「無法松の一生」の歌を、色んな歌手のバージョンで聞きまくった。
中でも気に入ったのが、東京ロマンチカの三条正人の「無法松の一生」である。
これを機に、私の趣味の幅が広がったと言っても過言ではない。
今でも、絵を描きながらこの歌をハミングしている時がある。
ところが、この太鼓の作品ができるや否や担当者が来て車で運んで行ってしまったので、写真を撮る暇がなかったが、私が使っているコピー機の本社が九州にあってそこから毎月使用した紙の枚数とトナーの残量を電話で訊いてくる。そこで担当の女性にこの「無法松の一生」の太鼓に描かれた絵の写真を撮ってきてほしいと頼んでみたら快く引き受けてもらえた。小倉リーガロイヤルホテルの1階のパブにこの絵が飾ってあるという。実際に行ってみてみたいとは思うが今の私には体力的に無理のようである。もっと元気な時に行くべきだったと悔やまれる。誰か自動車で大阪の茨木から小倉まで連れて行ってくれないかな。費用はすべてこちらで負担するので。