キックバックはただの脱税でもないのなら、自民党は治外法権の下にあるのかな。

もし、あの世があって成仏できない霊魂がこの世をさまようのなら、安倍晋三の幽霊は絶対永田町界隈を怒りながらさまよっているはず。キックバック議員たちは口をそろえて安倍さんが安倍さんがと言う。この理屈、ヤクザさんに例えてみたらどうかな。トップの会長は、組員の不始末の責任は負わねばならないが、会長がなくなった場合、すべての責任は次期会長に行く。前任者のせいにはしないのは当然である。もし前任者がなくなって、会のお金が管理できないというのなら、その会はもはや統制が取れていないのであるから崩壊していると言える。お金のことは知らないと責任者が言うのはおかしい。国会議員にとって最も大切な選挙の3種の神器は、「地盤・看板・かばん」だとすると、今回問題になっているのは「かばん」ということになる。この大切なカバンについて何も知らなかったというのなら、その議員は選挙に勝つのは難しかったという事になる。しかし、十年の間、勝ち組できた議員ばかりである。

安倍元首相が銃撃されたのは、平成22年7月であったから、2年前である。派閥のキックバックはもっとお前から続いている問題で、安倍さんがつい2年前に亡くなった事とは何ら関係がない。キックバックについての暗黙の了解については議員たちはしっかり認識していたはずである。何しろ大事な裏金つくりの問題だからである。何故大物議員かと言えば、自由にできるお金がイッパイあるという事でもある。キックバックは大切な「金の成る木」なのである。

大物議員の着ている背広を見ればよく分かる。彼らの着ている背広は別誂えで、体にピッタリフイットしていて余計な引き連れのしわやたるみがない。(私の母は洋装店を営んでいた)いつもニュースを見ていて、そのことが気になるので、つい注意してみる癖がある。恐らく背広だけではなく、靴やカバンなど1式そろえて、尚且つ、乗用車も高級車に乗ればそれらの費用は天井知らずである。更には小物議員にもいい顔しなければならないとすれば、いくらお金があっても余ることはない。その大切なお金の扱いも一歩間違うと、選挙法違反となるのであるから、人任せにはできないはずである。安倍さんが生きていたころは、そんなことで起訴されることがなかったので、キックバックについて危機感を持つこともなかったが、彼が亡くなって以降どうしたもんだと悩んでいるうちに国会で問題となり、慌てて言い訳に終始しているというのが現状ではないのかな。


キックバックは3000万円でも1万円でも関係ないはずである。税金は1円の果てまで計算する。悪質な場合は、起訴される。国会議員の場合は、些細なことでも許されることはないはずである。何故なら国民の代表であり公僕なのであり、税金から給与をもらっている身であることを考慮するなら、国民の手本とならねばならないはずである。キックバックは悪質な脱税に値する。

それを、見ない聞かない言わないのナイナイ尽くしで見苦しく逃げおおせようと屁理屈を並べて稚拙な言い訳に終始するのが国民に対する手本だというのなら、国民もいい加減な態度で税務署に対応すればよいという事になる。

NETで、政治団体の会計報告書を見れば笑えてくる。1度は見る価値がある。あんな紙切れ1~2枚でいいのなら、国民の税務申告ももっといい加減でもいいのではという気がしてくる。一般労働者にとっては1万円でも大金である。しかし、大物政治家にとって、1万円というのはどれほどの重みのあるものなのか、私には想像できない。

政治家は、一般市民とは大きな隔たりがある特権階級なのだ。特に与党議員というのは国家権力に守られているというのが今回のキックバック事件で明るみに出た。
江戸時代なら、問答無用で切腹ものである。

又しても寝ながらこのキックバックに端を発する政治家たちの悪行をやめさせるぬはどうすればよいかと考えた。
夢うつつの考えついたことは、全国民は政治団体になる事。そうすれば国はもっと真剣に国の仕組みについて考えるし、2世議員も少なくなるのではないか。