小さかった頃、壁のシミや天井板の模様が、何かのお化けや怪獣の様に見えて目をつぶっても網膜から消えず、頭から布団をかぶって寝たのをよく思い出す。そのほとんどは両親から聞かされた地獄の話や、夏の映画館で見た幽霊物や猫化け物などに震え上がった結果だったように思える。
しかし、その後、怖いものに見たさにテレビや本などでも怪談物やミステリーやSFを好んでみる傾向があった。結果、あちこちのシミ跡に始まって墨の汚れや描き損じた墨絵の中に、何か面白い形はないかと探すようになった。
意図して描いたものには、面白みがない。偶然と必然の境目で出来上がったものが面白い。
何をどのように見るかによって色んな風に見える。

これなんか水墨で風景画を描こうとして、水引きの上から墨汁を流し込み紙で押さえたものである。意図した割合は2割ぐらいで、あとの8割は偶然で出来た造形である。
本来ならこの絵は、横向きに見るのだけれど、たまたま、縦長の方向で見てみると、人の顔の様に見えて面白い。その上、偶然なのだけれど手や足らしきものもある。
2頭身だけれど、妖怪なら、なんでもありである。むしろ人体の比率から遠いほどよい。
上に揚げたような画像はそれほど容易にはできない。むしろ、対象を見る人の想像力と選択眼によるところが多い。
上にあげた画像なんて、どれを目とみなすかは見た人の選択にかかっている。
小さな部分で見ていくと、面白い位、何かがうごめいているのが分かる。
この画像をいくら見ても何も思い浮かばない人は、幼少期のころに大人から絵をほめられたこともなく、むしろけなされて心に傷を負った人ではなかろうか。小学校に行っても担任の先生が写実的な物をほめる傾向にあったら、豊かな想像力は育たない。
想像は、創造につながる。クリエイティブな直観力は、こんなところからも培われるのだろう。