箔アーティスト・山﨑惠水ということ。

先月、特許事務所から「箔アーティスト」の商標更新についての問い合わせが来た。そこでもうやめようかとも思ったが、何しろ、この一般名詞のような言葉で商標を取るときは大変だったのを思い出して、一度この商標を正々堂々と使ってみようという気になった。

箔アートという言葉を使い始めたのは、ホログラムの蒸着箔を使い始めたころで、当時はホログラムの七色に光った箔は珍しく「これは何か」という質問に同じことを何度も説明するのが面倒になって「これは新しい箔アートという技法を使った作品で、私はその創始者の箔アーティストです。」と個展会場で説明したのが始まりであったと思い出す。

自分でアーティストというのも気恥ずかしくて、名刺にも箔アーティストと書くのは避けていた。しかし、大病を患っていつ死んでもおかしくない身になってみれば、自分の一生を振り返って「私は何を残したのか」と自問すると、この箔アートしかないのである。

箔アートを40年以上もやってきたのだから、「箔アーティスト」と自称しても恥ずかしくないのではないかと思うようになった。生活に要する時間以外はすべてこの箔アートにささげてきた箔まみれの生涯であった。

自分の過去の作品を見返していると、こんなに大変なことをよくやっていたものだと人ごとのように感心してしまう。近頃は、目が肥えてきたせいもあってそうやすやすと作品が作れない。

いろんなものに箔でアート作品を作ってきた。ファインアートから仏画、扇、帯、アクセサリー、ネイルアートまで手あたり次第に箔で飾ってきた。どれも作っているときは楽しかったが、できあがっせた作品にはあまり興味がなかった。その為、あまり整理もしてこなっかたし、写真の画像すらないものもある。息子たちも私の仕事にはあまり興味がない。きっと私が死んだら、私の作品なんて捨ててしまうのかもしれないと思ったら、急に切なくなって、何とかしなくてはと思うようになってきた。

残された時間が一体どれぐらいあるのかわからないけれど、整理して後の世代に残すことにしようと思う。

「箔アート・箔アーティスト」の文字を使った名刺を作って、もう少し自覚をもって自分の仕事を振り返ってみよう。