ギャ王というすごい猫
上の息子は、長い間一人っこだったので寂しいだろうと思って、知り合いからもらい受けて猫を飼うことにした。貰われてきたときは、子猫だったせいか、怖がって部屋の隅から隅へと逃げ回っていた。息子まで怖がって逃げ回る始末。大きな声でニャオー、ニャオーと鳴くので、いつの間にか、ニャオーと呼ぶようになってしまった。えさをやって世話をするのは、結局私の役目になってしまった。その結果、ニャオーは、私だけになつき、膝の上に乗ってくるのも私だけになった。家猫として室内だけで飼っていたが、気性の激しい猫だということはすぐに分かった。窓の外の小鳥を見ているとすぐに攻撃態勢になるし、夫がいやなことをすると爪を立てた。雄だったので手術をするかどうか迷ったが、野性味あふれるニャオーの何をちょん切るのはかわいそうでなかなか決心することが出来なかった。そうこうしているうちに、ある日のこと、ニャオーは、外に出たがっていたのだが、ちょっと目を離しているうちに網戸を破って出て行ってしまった。夜寝ていると、どうもニャオーの声らしいのが家の周りで聞こえるので、私が「ニャオー」となくと、その声も「ニャオー」と答える。ほぼニャオーに間違いないと確信した私は、庭にえさを出しておくことにした。えさは必ず無くなっていた。ある日の夕方、猫の喧嘩するものすごい鳴き声が聞こえたので行って見たところ、何と、ニャオーが自分のえさを食べようとしていた猫を追い払っているところであった。勿論、ニャオーが勝って縄張りを守ったようであった。室内への出入り口を付けてみたが決して入ってこようとはしなかった。えさがよかったのか、ニャオーはどんどん大きくなり、近所で一番の大ボス猫になった。その頃から、我が家では、いつの間にか、「ニャオー」は「ギャオー」と呼ぶようになっていた。塀の上をのし歩いている風体は、正に、「ギャ王」であった。
そんなある日の夜中、ギャオーが、何かと喧嘩するものすごい声がした。その明くる日の雨の降る夜半、ベランダから何か猫の鳴き声が聞こえてくるので、出てみたら、そこには血だらけになったギャオーが横たわって私を見上げていた。抱き上げても抵抗する様子も無いので、そのまま家の中へ入れて傷の具合を見てみた。首の右側を何かに噛まれていたので、恐る恐る消毒して薬を付けて包帯をしてやり、水をスポイトで飲ませた。その頃は、動物病院なんて近所にはなかったので、自宅で看病することにした。やっと、ギャ王は戻ってきたのだという安堵感もあって、私はかいがいしく看病していた。2週間もたって、ギャ王は回復して室内でうろうろしていたが、時々、窓の外をじっと眺めているときがあり、何だか不安ではあったが、放蕩息子の御帰還なんてこんなものさ、と自分に言い聞かせていた。しかし不安は的中して、又もや、網戸を破って出て行ってしまった。その日から、また、えさを庭へ出すようになった。近所の人の話だと、このあたりには、まだイタチがいて、時々猫を襲うということであった。たまに塀の上や隣の屋根の上を歩くギャ王を目にすることはあった。2,3年も経った頃から、えさはそのままになり、ギャ王の姿を見かけることも無くなった。ああ、ギャ王は亡くなったんだと思った。亡骸は無いので、ニャオーと書いた紙を埋めて庭にお墓を作ってやった。放し飼いは、だめだとは分かってはいるが、ギャ王は、猫としての一生を存分に生きたと信じている。